赤塚地区

 赤塚地区は明治22年町村制施行で成立した赤塚村の地域。赤塚は古くから開けていた所 で、建武元(1334)年足利氏の所領として史料に見えており、また大堂にある銅鐘は暦応3(1340)年に鋳造されている。14~15世紀にかけて赤塚郷は京都嵯峨野の鹿王院の荘園となり、さらに武蔵千葉氏の本拠地の一つとなった。江戸時代以降上赤塚村・下赤塚村・徳丸本村・徳丸脇村・四ツ葉村・成増村 の六ヶ村が成立し、明治22年に町村制により赤塚村が成立した。現在の光が丘住宅から赤塚一帯は、昭和18年10月から終戦まで成増飛行場であった。

古道

名称 区内の推定経路
鎌倉街道 鎌倉~川越街道(赤塚新町1-26)~赤塚~新河岸~早瀬の渡し~上野国
吹上道
(峡田道)
大山道(前野5-49)~前野~徳丸~西台~赤塚~白子吹上観音
石川道
(下寺家道)
川越街道(赤塚新町2-10)~大堂~松月院~諏訪神社~徳丸観音~安楽寺~観音通り(北野神社側)
本村道 川越街道~赤塚~徳丸~志村
観音道 川越街道~徳丸~北野神社脇~徳丸道
徳丸道 本村道~徳丸~徳丸河岸
四ツ葉道 四ツ葉村~四ツ葉河岸

文化財シリーズ第82集 いたばしの史跡探訪
■編集 板橋区教育委員会社会教育課
■発行 板橋区教育委員会
■発行日 1996(平成 8 )年3月 より抜粋